出会い

交通事故の入院で留年しそうだった。あと3日で留年するところだった。このまま退院が遅れると留年しますよと担任教師が伝えに来たのだ。私はぎりぎりのところで退院をした。大学進学は諦めた。苦手の数学、地理で赤点を取って苦しんだ。もともと数学や科学は不得意分野だ。私が中学3年間で嫌いな数学や科学の成績がまあまあだった理由は、暗記力だけでのことで、問題を解く力はあまりなかったように感じる。私は音楽、美術、国語、英語、体育が好きだった。📚

進路が決まった生徒が多い中、私はまだ決まらなかった。

ある日、Mさんというこの高校の卒業生で貿易会社営業課長をしてらした方が自分の部下が欲しくて新入社員の募集に訪ねて来たらしい。彼は中肉中背でビジネスマンらしく品があり背広のセンスが良かった。茶色の背広は珍しかったが彼は好んで着ていたような印象がある。モスグリーン色のワイシャツが似合った。私は、その会社へ面接へ行くことになった。入口に入ると「輸出貢献企業」と書かれた金色のプレートが飾られていた。後でわかったことだが、彼はこの高校のあと、G大学へ進んだとのことだ。彼の弟は当時テレビのモーニングショーのアシスタントをしていたMだった。

この上司のタイプライターはRemingtonで、私の標準的なタイプライターとは異なった。自分はRemingtonしか使わないというのだ。こだわりの強い人だったと思う。確かにそのRemingtonはクラッシクなデザインが素敵だった。このタイプライターにはグリーンのイメージがある。彼は英語が堪能で海外へもバイヤーとの商談へよく出かけていた。また、海外からバイヤーが来たこともある。ある時、ドイツのHという会社の社長と奥さんが訪れた。Hの奥さんの綺麗なこと、🧥ミンクの長いコートを着ていて、香水💄の香りにポーッとなった。なんて素敵なコートだろう。なんて綺麗な人だろう。私はコートをハンガーに掛けながらうっとりしていたのだ。

亀三さんは、当時1階にいた守衛さんだったので、車が外から入って来ると、整理をしていた。いつも相変わらず青い半袖の制服を着ていた。

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